従軍〇〇〇について読んでみた②

つらつらと戦争について書いたが、かといって私には何もできない。

日帝兵士が他所で何かしたとしても個人ではなにをすることもできない。

 

じゃあ首つれよ、とか…

エラソーなことは偉くなってから言え!

黙ってろ!

みたいな、ことがいま言える(言われる)時代だからめんどくさい。

 

思考…思念は行動を抑制するという(?)が、何もせずに考えることはできる。

だから、私はめんどくさいヤツなのだ。

 

鳥はヒナを懸命に育てる。

親(特に母親)は我が子を懸命に育てる、と言われるがどうなんだろう?

これも、余裕がないとできないことではあるまいか?

 

良いがあればより伸ばそう、もっと伸ばしてやろうと思うのかもしれない。

これを本能とか、代理に生きる人(心理学)とか言われるが、その時に生きる人は「それ」しかできないことがある。

「それ」とはその時々の最善のことや望ましいと思えることだ。

 

子にネガティブなことより、ポジティブな事に囲ませてやりたいというのも、その流れなのかもしれない。

ゆえに、毒親や干渉親が問題になったが、いまは否定材料を並べる人間の方が多い。

 

状況に過不足があれば望ましい方に向かうのが生き物なのかもわからない。

ただ、その状況で泣く人があればそれは不幸だ。