ブラッククリスマス

クリスマスも働く。

コツはケーキや惣菜が夜中買うと安価になる…それを幸せの糧にする。

(´・_・`)「・・・☠」

 

幸せと言えば「愛」だ。

いまは男女間の恋愛だけを語るとうるさい。

というか、それ以外の愛情もあるし、必要ないなら愛情の瞬間が無くても良い、となる。

早い話が、若年層でも結婚しないというやつ。

 

アレはアレで家庭をも持つとカネがかかるということで、敬遠しているようだが、少子化になるといっても因果が複数人だから、家庭を持たないことは結果論に当たる。

 

「愛」については手塚治虫アポロンがある。

あそこまでしつこく拘った作品はないように思う。

現代漫画が流動的なら、あの作品は滝つぼのようなものだ。

「愛」についての作品であり普遍的な結論など出るはずがない。

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近くの店でジングルベルを聞いた。

クリスマス商戦だろう。

私のように貧乏が長いとロマンチズムは後退し、現実主義がいつも顔を出している。

ロマンというのもまた余裕がないとできない。

ジングルベルに酔える幸せというのは、大衆的な幻想ではあるまいか?

 

まぁ、ジングルベルをより安くできるか?は家計の持つ普遍的な問題かもしれない。

チキンは喰わないといけない、シャンパンを開けないといけない、プレゼントを用意しないといけない。

この世には疑わしい事ばかりである。

この気質が進めば分裂症の1歩手前だ。

 

おせち商戦というのも次に控えている。

この世は何かと忙しい。

早いとこは11月末に門松を店先に並べる。

寿命が近いのかしら?と心配になる。

だけど、人より自分を心配した方がいい。

来年は派〇村の行列に加わらないといけないかも分からん。

 

H師匠は国に帰った。

貧乏を大声で言う必要もなかろう。

ネガティブな発言というのは必ずしも救われるとは限らない。

そのネガティブさは時に格好の叩きどころになる。

「〇〇しないお前が悪い」と。

 

その延長にヘイトがあり会社学校の虐待だろう。

なぜ、無くならないか?

無くす理由が無いからだろう。

あった方が都合が良いから残しておく。

残酷な現実だ。