長~い1週間だった(問題児編)

( ´Д`)y━・~

プハー!長い1週間だったぜ。

というか、色々忙しいと長く感じるけど、楽しい時間は直ぐに過ぎると言うやヤツね。

歳いくと「どう手を抜くか?」を考えるようになる≒手抜き

 

「手抜き」というと、すぐ世間からは真面目にやれ!だのとヘイトクレームが来るけど、慢性疲労に苛まれたり早死にしても、それは幸せではない。

世の中、忙しそうにしてる方が保身のためのようだ。

 

要は、合理的に幸せになればよい。

やらないといけないところはあるが、不合理なとこを押し付けといて、いつまでも辛そうにしていては能(脳)がない。

まぁ、ラクさせれば付け上がって、サボりまくったり、とんでもないことするだろう、くらいの考えがあるのだろう。

 

しかし、乞食と坊主は3日やったら止められねぇ!ではないが、大昔は坊主になって労働を免れようとしたケースもあるから、ラクしたいヤツはいつの時代にもいるようだ。

 

非正規4割というから事情が違うのだろうけど。

あと、勝ち組負け組に代わり、いまは上級・下級国民とか言う言葉(響きが実に忌まわしい)もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A氏の相模原事件の記事を読んだ。

なかでも、若いのが経営者目線で物事を計る部分に目にいった。

 

たとえば…

「こうすればああなる」式のハウツーは一昔前から新書で出回っている。

筋トレ教祖や某メンタリストみたいなのは書店ではよく目に入る。

…たぶん、風潮なんだろうな。

成功者っぽく騙るのが。

ゆえに、失敗はゆるされないところがある。

ハナから完璧を求められるのは何とも息苦しい。

 

私が経営者や成功者っぽく語るヤツらに胡散臭く感じるのは、私が不器用だからだろう。

愚直にやっていくしかない…寿命まで。

「興行」ではないが、成功者というな何となく見世物みたいにも感じる。

その場で発火する火花のように。

火気厳禁な現場が持ち場なので、私とこは火はダメだけど。

 

「若さとは傲慢なものである」は猪狩氏の言葉だ。

パワーがあり、疲れ知らず、病苦がなければ、やってしまうのだろう。

若さには、敏感さもあるが、同時に鈍感さもある。

健康な世界にいる時には、不健康な事情が入らない。

 

 

 

教育は現実ではない

教育は理想だ。

理想ゆえに99%な天才は近づける。

あるいは、リソースのある人間は「選び」もできる。

 

世間というのはある意味強い。

政と相互関係というが、世間の求めるのは大抵実学のようだ。

これは、機能主義にも繋がるが世の中できないとキツく当たる。

神経科やハンディを持つ生き方があっても「まともさ(=機能)」を求めるところがある。

ゆえに「働けば治った事になるといわれる」なんて、前世代医師の明言が残っているくらいだ。

 

世間というのは元々あるものという。

機能性・・・systemの恒常性が狂わされないことに躍起になっているところがある。

人は創造性を一方では持つ。ひとつの仕事にも創造性が含まれるなら、いまは大人から子供まで潰しにかかっているようなものだ。

あるいは、恒常性を求める方が多いということか。

 

疑問から独自性は始まる。

教科書の文章にも疑問があれば、その時点で創造性は始まっている。

悲しいことに点取り合戦は今も続いており、速さを求められ、正確さを要求される。

仕事だってそうだ。

 

あなたが居なくても現場のシステムは回るという。

そうだろう。

替えの効くような存在ならただの機械やロボットにでもできる。

AIだって、事象の最適解を見つけるのが仕事としたら、人間の仕事はハプニング≒面白さを見つけることにある。

脳の無限の組み合わせや目の前の事柄の組み合わせで何かが生まれるのだ。

生体は機械(無機質)とは違う。

 

人はいつか逝くが、機械は壊れたり太陽が破裂するまで現世に居続ける。

誰のために?

薬物文明は繰り返す?

意外とドラッグ関連の記事が読まれているのが驚きだ。

それほど、人はその道に走りたいのだろうか?

まぁ、危険Dが出た時Dr.松本の待合室は溢れかえったというから分からなくない。

人間、好奇心の生き物だ。

 

ガキのおもちゃ含め眠剤向精神薬、アルコール、カフェインは抜け出すの大変と聞く。

いや、はまった連中は抜けるの大変よ。

火遊びや日常の常備薬程度に使える連中はいいのかもしれないが、ジャンキーの素地がある人間は厄介だ。

 

ヒッピーの頃なんかは無茶苦茶で、私の愛するアーティストなんかは米国では当時、交番の前で取り引きされていたと言うんだから、ドラッグ蔓延もいいとこだ。

 

神秘体験なども同じだが、現実遊離の感覚は時に物事をカオスにさせる。

シャーマンなどは過去知(祖霊)に原因を聞けば、患者の症状は取れるというが、脳内の電気信号を退行させているのかもしれん。

 

シオシビン(Mマッシュルーム)などは、動物脳を甦らせるが、意識をそこまで戻すことでセラピーをねらっているフシがある。

ゆえに、退行は動物脳やそれ以前の何かまで遡り、回復を目的としている。

何も心身単体だけのセラピーだけではないようだ。

もっといえば、記憶。

 

実は意識を退行させた方が身体の回復スピードが早いという話もあり、意識は身体の邪魔をしているところがある。

考えてみれば、トラウマなどは果たして脳だけのものか?ネガティブな感覚器&効果器由来の緊張病にも通じているのではあるまいか?

 

基本、言動というのは幻でもある。

身体という存在が本質。

2つ合わさって燃える炭火となり生体が活動する。

 

薬物(アルコール)常用の弊害は脳器質変化と内科疾患だろう。

肝腎は化学工場であり、解毒装置である。

疲れさせれば故障も早い。

 

さて、米でケシ系のドラッグが解禁の噂を聞いた。

ものごとは自分でやる、自己責任な国としたら、解禁話が出てくるのはありうる。

抗うつ薬でさえ薬局で売っているんだから・・・なにしろ、医療システムのカーストがあるのだから、仕方ないといえば、仕方ないが。

 

そこら辺はたぶん、感覚の問題である。

危険Dが出回ったとき、待合室は埋まったと聞くが、訳の分からないものに障り面倒見てもらうのがこの国である。

今は良いが、あとは分からんというのに、立ち向かうのは勇気というか?無謀というか?

 

法というのが暫定的だというのはわかる。

それが、上級(国民)のツールなら楽しむためのドラッグへ拍車がかかる。

法が下級・弱者のためではなくなる。

いかがわしいものに障らないとしても人が慎重になる。

ゆえに、邦人は失敗を特に嫌うともいえる。

 

 

○○への一歩

年々、時間が経つのを早く感じる。

(´・ω・`)「この、年寄りめ!」

と、いうハラスメントじみたツッコミや冷笑、虐待、陰キャは問題だとしても、事実であるのは確かだ。

 

歳をとれば、眠りが浅いといい他方では良く寝るようになるという。

春眠暁を覚えず・・・ではないが、逆に晩秋・初冬のさなか、体内で活動を抑えるイベントが起こっていてもおかしくない。

秋には鬱と自殺も増えるという。

全ては自然のなすがままに。

 

1日の休日がアホらしい。

週ムッチャ働いておいて、1日で週の疲れをリセットしないといけない。

疫病下で休日が待機の良心派は、心身の具合が悪いという。

昼までごろ寝をしてバイオリズムを狂わせているらしい。

日々、過労に疫病ときたら、そうなるのもおかしくない。

 

ところで、Go to組の存在…多数派で陽キャが居るというのは、田口女史のいう「邦人は元来楽観者だ」というのは、どうも確からしい。

 

『まさか自分が、軽症で済むでしょう、死者は少ないんだし、自分じゃなければOK』

(´-ω-)ウム

全体で生きてる感じだなぁ。

他の誰かが生きてりゃいいや、みたいな。

 

まぁ、政(まつりごと)をする連中にしても、貸しを作らせることがありうるわけで「(Go to行くにしても)だから、予防対策しろと言ったでしょ」という、確信犯的なとこがあるわけだ。

 

そして、大手を通さないと値引きしないというのは、あの手この手が見え見えで。

(´-д-)は~

 

 

Go toさなかの新宿へ(≠遊び)

遊びじゃないから仕方ない。

経営者の特権がないから私にはどうしようもない。

ゆえに、流されるままになる。

行けと言うのだから仕方がない。

 

Go toの三連休で衛生的に荒れ果てた新宿に行ってきた。

Go toの映像に映る人を見ると、あたかも他人事のようにしてトラベルするのがコツらしい。

緊迫感がない。

(´・_・`)「・・・」

f:id:southapollon:20201128235440j:imageオリナス錦糸町

実は少し行けばカメリア亀戸なんだけど、錦糸町も亀戸も近い事がわかる。

亀戸、錦糸町…あとは好みの問題だが、OIOIやPARCOやヨドバシがあり、深川からの都バスも来るから、何気に錦糸町は開けた感じがある。

f:id:southapollon:20201129000056j:image水道橋後楽園。

通りはするが中々入らないよな。

飯田橋側には後楽園の庭があるのだけど、私の中では飯田橋の職安とセットな感じがあり、こちらの方がスポーティーで煌びやかな雰囲気がある。

若い人が多い…当たり前だけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
f:id:southapollon:20201129000502j:image一苦労終えたあとで大久保の街。
新大久保の韓国街とは違い、業スーがあるとこは一気に多国籍な街になる。
新大久保は若い人向けなら、ココは実用的な食雑貨屋さんみたいな感じだ。

 

韓国街だと、やれタピオカだの、チーズドックだの、ワッフル(今流行)だの、韓国人俳優だのうるさい。

アレは若い人の街。

道ゆく女の子はみんなで流行をやらないといけないから忙しそうだ。

嘘でもホントで付き合わないといけない雰囲気。

f:id:southapollon:20201129001139j:imageオリエンタリティ溢れる八百屋。

インドカレー、チキン、小麦粉系の惣菜など、外国に行った気分を味わえる。

隣は中華屋。

入ったことないけど、繁盛してるから美味いのかもわからん。

 

こう…多国籍な街は解放された感が強いのよね。

ポンニチのベタベタ感というか、アクションがあれば反応しないといけない雰囲気が神経症的で。

大久保(多国籍な街)はほっといてくれる感じがあって、ホッとする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

f:id:southapollon:20201129001912j:image帰り道。

よほど御老公に信用されないとエレベーターで、地下に連れて行って貰えないだろう。

ボディガードですら地下に降りられないという厳しさがある。

f:id:southapollon:20201129002337j:image実は銀杏並木の綺麗なポイントだったりする。

ただ、その分落ち葉が滑りやすく二輪にとっては危険な場所でもある。

f:id:southapollon:20201129002718j:image厩橋
あの赤はアラートの赤かしら?
東京タワーみたいだと思う私は平和ボケ。

台東区墨田区もライトアップ合戦は止まらない。

橋も綺麗だが塔の綺麗さも捨て難い。

生きながら地下に埋葬され続ける武蔵に・・・(-人-)合掌

 

このあと、水戸街道(R6)~奥戸街道を経て帰るよん。

まだ、辛うじて帰るとこが私にもある。

自死についての考え方

以前、疫病下で自死が増えていることについて記事を書いた。

若い人・・・特に女の人の自死が多いという。

いままでは中高年が長期的に見れば多かった。

この疫病により何故か?

 

色々、説はあるだろう。

男が悪いとか、中高年がイキッているとか、ストレスを受けやすい状況だからとか。

 

あとひとつに、連鎖反応もあるのではないか?

人が自死すると雰囲気が・・・そう、釣られることがあるのね。

「昔は死人が呼び込む」と言われたけど、これは死者のせいにする言い方で、死んだらものはいわないので、生きているものの感受性だろう。

 

幸い私なんぞは霊感もなく、勘が鈍く(※)、地道にやるしかない人間なので、勘のある人は逆に「釣られる」という現象は分かりやすいのかもしれない。

(※)無いといってもいい。

 

(´・ω・`)「霊感ない方が鈍感で生きやすいぜ」

・・・これを、無神経という。

 

死人はものを言わないので、ポルターガイストなんぞは、生きた人のパワーが引き起こす場合もある、ともいえる。

 

感情を・・・まるで人と一体感あるように生きていれば、集団死を起こしやすい、というのもありうる。

誰かが死んだら自分も逝かなくては…みたいな。

 

可哀想に、どんなとこでも割を食わないといけない人はいる。

イキって不安だからといい、それをバネにして(=逆境)より攻撃全開にするのもいるけど、それはハタ迷惑な話だ。

逆境は必ずしも良いものとはいえないことがある。

 

実は逆境により今を生き延びただけでも十分なとこがあり、さらにプラスαをしたことで、全体的に見れば悪化させることがある。

もっといえば、一部が良くなっても他の見えない多くが損なわれてしまうのだ。

 

何か(誰か)を犠牲にしてまで輝かしいことを手にするのはどんなもんか?

 

情報の取捨選択(あるいは確からしい物事について)

いまは情報の真偽が難しい。

大体の情報のでさえ、時間をかけないと分からないものだが、これが「正解です」と言ってしまうのがいるからいけない。

いや、尾ひれをつけたような…あたかも見る者を誘導するような表現方法というか。

 

物事は変容しやすいのも事実。

しかし、天気予報なんかは民間が参入して以来、何だかズレが目立つ気がしないでもない。

某予報なんぞは、あとで取ってつけたように、予報を書き直して発表するんだから・・・それで、商売になるんだぜ?

 

フェイクニュースなんかを含めれば人間、腰が重い方がよろしい。

すぐに反応せず余裕を持って眺めていた方が、利益も無いかもしれないが損害も出ないかも分からん。

「何もしない医者は中くらいの医者だ」と中国の古典名言にあるではないか🇨🇳

そう考えれば、人間はじっとしていられないんだろうな。

私なんかは陰キャでいつも、めんどくさいって唸っているけどさ。

(´・_・`)「・・・」

 

学生時代から教科書から目を背けてる来た人間が、こういうこと言っちゃマズイけど、学問する人は教科書からスタートだろうな。

付け焼刃的なようつべの学習動画などは、分かりやすいんだろうけど「次の儲け見つけたからやってる」みたいな感じがあり、なんか臭い。

ラフな格好してお笑いしてたのが、次の瞬間には背広着て講師してるんだぜ?

 

それはともかく、もの(情報)は選ばないといけないのは本当らしい。

たとえば、書物なんかはその通りで最近の本屋に行けば、新書なんかは臭いものが目立つ。

 

作家なんかは「虚」を作るのが仕事だった。

あたかもホントらしいことをいうのは有り得なかった。

売るために編集者も大変そうだが、内容も隣百姓みたいに誰が書いてもフォーマットが決まっているんなら、売るための本になる。

芸術作品だろうか?

 

あとは、作家が無意識の先導により作品を生み出した、というのがあるけど、やはりベースは生活環だろう。

どういう生活をしていたかで脳も影響を受ける。

右より左よりとか、写実的とか、神秘的(幻想的)とかいうが、そこら辺は注意しないと読む方も飲まれることがある。

飲まれて、自分を失ってしまえば最悪である。

 

ただ、自分の変容はいい。

考えに幅が出るとかはまだいい。

洗脳されたり、常識や道理・倫理の閾値を超えてしまうのは・・・要は戻って来られなくなるのは良くない。