匿名性と開示性について

海外のSNSは実名と聞く。

個人が現れる。

 

一方、ヌポンでは匿名が多い(私も人のことは言えないが)。

捨て垢などというのがあり、様子見や、攻撃的なアカウントな場合がある。

 

なぜ、匿名なのか?

中有(中庸)だからだ。

要は中庸を持って事態に挑み、何かあれば逃げられる。

あるいは、突っ込める。

発言じたいに責任の所在を曖昧にできる。

 

まぁ、それらを克服する形で出てきたのがフェイクニュースみたいなヤツだ。

これだけ、情報がたんまりあれば元を誰もしらぶないだろう…と高を括っている。

 

しかし、実名にすると某レスラーのように、何かあれば一極集中に攻撃がやってきて、大変なダメージを喰らうことは彼女の自殺で証明された。

レスラーのくせに…ではなく、言葉の槍が無数に届いたからいけない。

 

ここまでで、分かることは匿名性は安全地帯である。

実名の怖さは先のように、個人が特定されているから集中砲火を喰らう危険がこの国にはあるということだ。

だから、匿名にするヤツらもそこはわかっているはず。

 

師匠なんかは実名だ。

ゆえに、酷いバッシングを喰らうことがある。

本人は何とも感じないというが、動画で無意識な憂さ晴らしをするから悪い方に傾く。

実名がわかり、少しヘマを映せば叩かれる。

落ち落ちしてらんねぇな。

 

(予告で)川に沈めに行く、贈り物に毒を盛る、親会社に(無実)苦情をいう、など脅迫まがいは当たり前だそうだ。

師匠曰く、うだつの上がらない勤め人の憂さ晴らしだというが実際、親会社にネガティブな連絡行ったり、脅迫こいているんだから、やり方が知能的で汚い。

 

何が平和な国ヌポンだ(´・_・`)

やってる事は陰湿なだけで、危険度は世界のスタンダードじゃねぇか?

私が見てもあの人は不器用だけど、(バーチャルに)弱そうなの捕まえてリンチかけてるんだから、やってることは非人道的でヒューマニズムもヘチマもない。

煽りで誰か事件起こすの狙ってるんだから、タチが悪い。

 

まぁ実際、顔の見える相手でも気に入らなけりゃ粗探しして難癖つけるんだから、表の世界でもいいことはない。

これじゃ自殺率が下がらないわけだ。

 

いいこというアカウント主も匿名性にしている。

無意識で分かっているのだろう。

素で名前出したら痛い目に遭う危険性があることを。